「ミルクとはちみつ」、自暴自棄になってセフレができた話

2019年の10月までわたしには性的な経験がなかった。拗らせているので、春先にできた恋人とは長く続かず、子どもじみたキスを2回したきりだった。

特に初めてを大事にしていたわけではないけれど、縁がなかった、というのが1番的確だろうか。縁もタイミングもなく、バージンロードを大手ふって歩けるな、なんて思いながら19年。

だからアプリで出会った男相手にショジョを散らすことになるとは正直想像だにしていなかった。

きっかけは単純かつありきたりだ。好きだった人に勢いで手を出されてぐちゃぐちゃになってしまったのだ。カラオケに行った時だったので、最後までできるはずもなく、撫でられ舐められ、朝の5時に別れたわたしは駅のロータリーで30分ほど泣いて、それから、誰か男の人と寝ようと心に決めた。服からはさっきまで抱き合っていた人と同じ匂いがしていた。涙が止まらないのに、幸せだと、覚えておこうと思った3時間はまぶたの裏で滲むこともなく繰り返し再生されていた。

1人目

初めてセックスをしたのはその次の日だった。

駅で待ち合わせて、思いの外整った顔をした相手に驚いた。それでも、好きな人とは比べものにならないとも思った。べこべこに凹んだ心はまだ後生大事に気持ちを抱え込んだままだった。

気づけばホテルにいた。ラブホテルは初めてだった。並んで歯磨きをした。腰に手を添えられ促されてベッドに腰掛けて、男とキスをした。いやに現実感がなかった。誰かの人生をロールプレイしているみたいだと思った。ピンクやら水色やら黄色やらに変わっていくライトの下では、羞恥心は正常に作用しなかった。

ショジョであることは最中に打ち明けた。おそらく遊び慣れた男は、丁寧だった。それに心底セックスを楽しむタイプだった。耳の中から足先まで舐められて、わたしはたぶんひっきりなしに声を上げていた。「忘れたい」とお願いした通りに、男はあっという間にわたしの頭の中から好きな人のことを奪い去ってくれた。口移しのミネラルウォーターも、コンドーム越しの挿入も、好きな人からは与えられなかった感触だった。何度も体位を変えて、口で相手のものを慰めることさえした。

「いっぱい出たわ」と、口を縛ったコンドームを笑いながら男は揺らした。わたしには、それが多いのか少ないのか、よくわからなかった。なにもかもが新しかった。

キスをして先にホテルを出た。友人との待ち合わせが30分後に迫っていた。

2人目

2人目とはカラオケで会った。友人の誰かによく似ていたけれど、それが誰かは思いつかなかった。

3人目

男の人と約束をするたびに、心がすり減っていくようだった。ビッチの役は難しかった。けれど、これを手放したら、本当に空っぽになってしまいそうだった。

3人目とは、本当は会いたくなかった。わたしは疲れ果てていた。愛もなく人はセックスできるのだと思い知っていた。それを求めていたにも関わらず、わたしはそれを手に絶望していた。

ただ、3人目との約束の日に、好きな人と目があってしまったから。夜の11時に約束があるのだという事実に、わずかにけげんそうな顔をしていたから。これは復讐なのだと思った。わたしは、あなたの前から違う男と一晩を過ごしに行く。愛がなくったっていいのだ、あなたとわたしの間で起こったことも「その程度」なのだから。

3人目は上手くも下手でもなかった。痛かったから下手だったのかもしれない。ただ、アプリを使っていそうには見えない、堅実で穏やかな印象が好きな人と重なって、男の肩越しに好きな人の姿ばかり思い浮かべていた。口淫もさせなければ乱暴に扱われることもない、コンドームをつけるときには一旦ベッドサイドの電気を点けるような人だった。

2回戦目はホテル代を出してくれた分のサービスだと思って揺すられた。明け方、寝息をたてる男の傍から抜け出してホテルを出て一蘭でラーメンを食べた。他の人と顔を合わせずに済むシステムがありがたかった。



とうとう何もかも底をついた。手に入ったものはなにもなかった。

その後

それから、わたしは家に引きこもって勉強に打ち込むようになった。なにも考えたくなかった。誰とも会いたくなかった。休息が必要だった。

3人の男のおかげか、好きだった人のことを甘い痛みと共に思い出すようなことはなくなっていた。

ルピ・クーアの「ミルクとはちみつ」はそんな時に買った。

あなたは私を見て泣く
何もかも痛い

私はあなたを抱きしめてささやく
でもいつかすべて治る

もっとも必要としていた慰めがそこにあった。

それが難しいことは知ってる
私を信じて
今日は史上最大に生き抜くのが難しい日で
まるで明日が決してこないかのように
感じるって知ってる
でもあなたは乗り越えられるはず
痛みは過ぎ去ってゆくでしょう
いつもそうだから
あなたが時間をかけて
そのままにすれば
だから
そのままで
ゆっくりと
守られなかった約束のように
そのままで


今では、思い出して涙するようなことも減って、たまに瘡蓋を引っ掻いて剥がしてみたりするぐらいで。なんとか歩いている。1人目とはたまに連絡を取る。

ミルクとはちみつ

ミルクとはちみつ