雨が降っている。いつから降り出したのだろう。昨日は、夕方6時ごろに膝を抱えるようにして眠った。心が疲れている時ほど眠りが必要になる。中高の6年間は毎日ひたすらに眠かったことをよく覚えている。睡眠は自己を修復するための時間だ。
文字を綴る、というのは、苦行である。自分の底の浅さが見えてしまってまったく嫌になる。なんの光も持たずに生まれてきた自分を嘆くことはいつのまにかやめてしまったけれど、焦燥と苦味はいつも腹の奥底にある。
彼は雨に濡れたまま、アスファルトの上を踏んで行った。雨は可也烈しかった。彼は水沫に満ちた中にゴム引の外套の匂を感じた。
すると目の前の架空線が1本、紫いろの火花を発していた。彼は妙に感動した。彼の上着のポケットは彼等の同人雑誌へ発表する彼の原稿を隠していた。彼は雨の中を歩きながら、もう1度後ろの架空線を見上げた。
架空線は相変わらず鋭い火花を放っていた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかった。が、この紫色の火花だけはーー凄まじい空中の火花だけは命と取り換えてもつかまえたかった。
芥川龍之介『或阿呆の一生』
或阿呆の一生は、高校のとき、大好きな先生の授業で扱った。この火花を、きっと女のことだと、馬鹿にするような笑いと共に言った級友に憤慨した。わたしは芥川龍之介のどうしようもない生きにくさがとても好きである。
この本は彼の自伝的小説だ。各章のタイトルは、彼の死後、出版に際して付けられたものだと聞いたことがあるような。紹介した1節のタイトルはそのまま、火花、という。この節を読むたびにちりちりと焦がれるような気持ちを思い出す。
窓ガラスを叩く雨音はやまない。布団の上、PCを膝に抱えて踊ってばかりの国を聴いている。

- 作者:芥川 龍之介
- 発売日: 1968/12/15
- メディア: 文庫