「第一志望じゃなかった」マウント

正直に申告する、わたしも去年はやったことがある。

「ここ、第一志望じゃなかったんだよね〜」

高校よりずっと人の増えた社会で、なんとか自分の価値を確立したかったのかもしれない。結局今いる環境は同じなのに、一歩上に立ちたかったのかもしれない。わたしは聞かれるたびに嘯いた。「実は、第一志望はさ・・・」

今年、仮面浪人生として否が応でも1年分老いた目線で現役生を眺めて、決まり文句に苦笑してしまう。去年の自分を思わせて、少し恥ずかしい。

「○○学部、第一志望だった人いない説」「ここ第一志望じゃなくてさ」「いるの?むしろ」

きっと彼女らも、幾年かすれば気づくのだろう。無意識に誰かを踏もうとしていたこと。自分の何かを証明したかったこと。

自分探しなんて言葉は嘘だ。違いは他者との間でしか生まれない、けっして自分だけのなにかなんてないのだ。あるとすれば、自分が生まれて辿ってきた道筋、決断し選んだ分岐、そういうひとつひとつがたったひとり誰とも被らない人生を作っている。

と、気づけたのも、たくさんの選択を自覚的に行った去年があったからだ。気付いたばかりの私は、ひとつしか違わない学生たちの「らしさ」探しが、気恥ずかしくていたたまれない。