指輪を嵌めた手で殴る

指が折れても

「表現の技術」を読むとLOFTのバレンタイン広告がいっそう貧しく思える

表現の技術―グッとくる映像にはルールがある

表現の技術―グッとくる映像にはルールがある

この世界に広告の存在する意味を日頃から大切に考えておくこと。それを作る人間が、人間をどう見つめているのか。直接的ではないけれど、やはりどうしようもなくそれはにじみでてしまう。

ポジティブな視点でつくられた表現だけが、人を幸福にするのです

ネガティブなことを表現にすると、一見面白いものに見えがちですが、その面白さはつくり手の下品な思想が珍しいに過ぎません。それをチャレンジと呼んではいけない。それを表現の自由などと呼んではいけない。

ロフトの広告は作り手のミソジニー全開、気がついた方は軒並み不幸になったかと思います。わたしも応援したい企業がひとつ減ったことが悲しくてたまらないです。


たかが広告、されど広告。消費者をばかにして、いったい何がしたかったのか。女同士の陰湿さを広告されて、わたしたちにどうしろというのか。

西武ライオ○ズの広告も、活躍してる選手とその影でバットに細工しているスランプのチームメイトとかでどうですか?





auの広告を見ていると思わず笑っていたり、

下世話な週刊誌の吊り広告の横のオーリフリーのこれでいいのだ、をつぶやいたり

女優さんの意外な歌唱力に惹き込まれたり

獰猛なバッファロー吹き出したり。



広告ってそういうものじゃないのか。

脱コルを知った

「今起きた。十五分後に着く」

高校生の頃、男友達の一言に男女の大きな違いを感じたことを覚えている。
化粧水を馴染ませるのに十分、乳液をつけて十分、そこからやっとメイク本番。私には十五分なんて短い時間じゃ到底支度できない。

上手にメイクをすること。綺麗に前髪を巻くこと。女が"馬鹿にされずに”外を歩くには、制約がいっぱいある。

わたしはそもそも自分の顔にコンプレックスがあるから、メイクをするのは好きだ。好きな色をのせて嫌な部分をごまかして好きな自分を作る。

でもマナーとしてのメイクは嫌いだ。社会に必要を迫られたメイクはこれっぽっちも楽しくない。


「女なのにメイクをしないなんて」

嘲るように誰かが言った台詞をずっと覚えている。
ああ、なるほど、脱コルって必要だ。そう思った。


だってずっと言われてきた。


髪を切ってウルフカットにした。

(男子ウケ悪いよ)

チョコレートブラウンのリップを買った。

(モテはオレンジかピンクでしょ)
(もっと可愛げのある色選べばいいのに)


食事をきちんと管理して筋トレもして2キロ減らした。

ガリガリな女はないわ)
(男はもっと抱き心地がいいのが好き)



わたしのやることなすこと全部が男のためにすり替えられる。ジャッジして恥ずかしげもなくそれを投げかけてくる。



いい加減恥を知れよ。


私は自分を好きになるためのメイクは手放せない。けれど脱コルを行う気持ちはわかる。痛いほどわかる。



てかもうマジ海外に逃げたい。

セーフティピアッサーでファーストピアスを開けてみた

母親に"生んでもらったことに感謝しろ"とかいうパワーワードを吐かれて衝動的にピアスを開けた。

卒業式まだなんですけど


使ったのはこれのボールVer.
高めのロブに正確に開けたかったから、ある程度きちんと自分で挿せるやつに。

痛いとか血が出るとか期待して、痛がる顔を撮っとこうと思ってカメラまでセットして。

簡単に指と耳を消毒して、いざ

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あっけねぇ〜〜〜〜って感じ

今年のインフルの予防接種の方が痛かった。

じんじんする感じも予防接種。でもうっかりヘアバンドで髪上げようとしたときにひっかけたのはめちゃくちゃ痛かった。

女同士だから幸せにできない、

と思った。だからなにも言えなかった。

中高一貫の女子校に通った6年間で3回、中1のときと高1、高3のときに好きな人がいた。一度は男性、あとの2回は女性だった。他にも流れで付き合った人はいるけれど、恋愛感情というとこのぐらい。

中1の頃好きになったのは先輩だった。ただの憧れだと思っていた。
部活中に目で追った。貧血がちのわたしの様子を見に来て目の前にしゃがみこんだ瞬間、全身の血管が膨張したと思った。
ぶわ、となにかが広がって、好きなのだと知った。罪悪感が広がった。

こんなのよくない、と思った。

夜、布団の中で下半身に手を伸ばす。男勝りだと言われてきた私だけれど、体はどうしようもなく女性だった。瞼の裏に彼女の笑顔を浮かべて、それから。

朝起きたとき、脚に絡みついていたパジャマのズボンを履き直しながら死にたくなった。誰にも知られてはいけなかった。誰に教える気もなかった。


中3のとき、友人に頼んで男子校の男の子たちと合コンをした。そのうちの一人とその後も個人的に会った。好きになれると思った。
何度か会い、自然消滅した。ただ単に恋がしたかったのか、それとも本当に彼が好きだったのか。今でもわからない。


高3のときには同級生を好きになった。初めは友達になりたい、それだけだった。人見知りな彼女に度々話しかけ、駅で会ったときに笑いかけてくれるようになったときには跳びはねたいほど嬉しかった。向こうからからかうように話しかけられたとき、思わずにやけた。

高3の終わりにふと気づいた。彼女が好きだった。


高校に入ってLGBTQ+について勉強を重ねていた。同性婚は認められるべきだし、どんな形の恋も愛も尊いものだと考えていた。

でも、私の中の恋心だけはどうやったって認められなかった。同窓会で会う程度の仲だったとしても、私は彼女の中で綺麗な思い出になりたかった。


嫌われたくなかった。


万が一、万が一受けいれられたとしても。この国において異性愛者であったほうが暮らしやすいことなんてわかっている。身近な人にもなかなかカミングアウトできない。理解し合うことは、いつだって難しい。



わたしの好きなあの子を、こんな絶望に巻き込んではいけなかった。






この恋を、ただの気の迷いだと片付けてしまえる日をわたしは待ち望んでいる。


もう深夜に泣きたくない。

秘書検定ますでしょうか問題

最近とりあえず資格ほしいなーっつって1番簡単そうだった秘書検定の勉強を受験勉強の傍ら進めてるんですけど。

 

 それおかしくないですか??

 

って大きな声で主張したい。それが敬語"ますでしょうか"問題

 

基本的に文章の文末って助動詞、助詞をフルで使いたかったら述語+助動詞(1)+助詞(1)がルールじゃないですか。です、ますは丁寧の助詞にあたるから通常の文章では1個。1個なんですよ。

 

なんでお戻りになられるは二重敬語で誤りって書いてる同じページで平然と二重敬語使ってるんですか??

 

秘書文化気持ち悪い。わたしなら取引先の秘書がこんな言葉遣いしてたらお取引を控えさせていただきたいよ…………

 

 

敬語ってのはそれを選択する心持ちが大事なわけであって、

長ければ長いほどいいわけじゃなくない??

 

 

 

アーバンギャルドを聴きながら死にたい "平成死亡遊戯"


アーバンギャルド - 平成死亡遊戯 URBANGARDE - HEISEI SHIBOU YUGI - YouTube

 

 

もうすぐ平成が終わるね。平成が終わっても何も変わらないけど。

 

友だちに勧められて聴いたのがこの"平成死亡遊戯"。なんかもう………ね、すごかった。

 

なにが好きって、鋭くも浮遊感のある歌詞から、どこかノスタルジックな音から、MVから、そりゃもうぜんぶ好きなんだけど。女の子たちのインタビューの台詞も心に刺さる。

 

やっぱり世の中は、健全な人だけで回るようにできてるんだね。

 

変わりたくても変わらない時代と、変わる元号と、その狭間で、今死ぬならアーバンギャルドを聴きながら死にたい。

 

だらだら書いても伝わらないから、とりあえず平成死亡遊戯を聴きながら電車に乗って学校に行く。

 

 

 

 

 

 

"泥舟"のオールは誰の手に「投資家が『お金』よりも大切にしていること」を読んで

投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)

投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)


この本に今出会えたことは間違いなく私の幸運だった。


取っ付きにくいと思う人もいるかもしれない表題だけれども、この本はただ単に金融だけの話ではない。未来の創り方の話だ。

SNSを開けば、そこにはマイナスなイメージが溢れている。先行きの不透明なオリンピック、横行するブラック企業、悪意を持って傷つけてくる第三者

"グローバル"な観点から大きな声をあげる人は決まってこう嘆く「これだから日本は」


わたしはずっとそれにもやもやしていた。なんとも言えずもやもやしていた。

セクハラは良くない。痴漢は犯罪である。人は人種ではなくその性格で判断されるべきだ。

企業は社員をもっと大切にしてほしい。

妊婦には気遣いを持って。



言ってることは全部正しい。私だってそう思う。なのになんでこんなに、誰か人を刺そうとするみたいに尖りきってるんだろう。


この本は、その中に差し込んだまさしく光だった。


〇〇という未来を実現したいから、我々は存在している____


これは文中でビル・ゲイツのプレゼンを差して著者が説明した一言だ(この本は、どこかを抜粋して悦に浸ればいいようなものでは決してないのだけれど、やむを得ず引用させてもらう)



日本の今を嘆く。じゃあ、日本の未来をつくるのはだれ?わたしたちじゃないのか。


現実への反論を、嘆きの声をあげることは必要だ。

でも多分、そこで止まってはいけないんだと思う。


思考停止したくないなと思った。現実を前に、どう理想を描くのか、どうやって自分の信じるものへアプローチをするか、投資をするか。


ヘルジャパン。言いたいことはよくわかる。わたしもたくさん不満はある。けどそこで止まりたくない。




手前の舟のオールぐらい自分で漕ぎたいわばかわろう



要約:無駄に悲観的なことばかり言う人間には成り果てなくないなと思った