バセドウ病にかかった

タイトルの通り。

偏頭痛で通っている病院で、ここのところ偏頭痛もひどくなってきている上に生理も不順だ、という話をした。病院に忌避感を抱く私が安心して通えるほどに物腰の柔らかな先生は、ふと私の喉の様子を診ると、血液検査をしませんか、と切り出した。偏頭痛には後ろに病気があることが多く、若い女性の場合それは貧血や甲状腺の異常である場合が多いという。わたしは先生に全面的な信頼を寄せている。1も2もなく了承した。久しぶりに血液が抜かれる様は見ていて気持ちが悪くて、思わず目をそらすと先生にも看護師さんにも気遣われた。

次の日、朝の8:30ごろに病院から電話があった。血液検査の結果を伝えたいという。電話で話すことは禁止されているらしい。紹介状も出すので、今日来られますか、と先生は言った。鼓動がはやくなるのを感じた。なんでもない顔で、同居している家族に、血液検査の結果を聞きにこいと言われたと告げた。母の顔が陰った。

甲状腺の機能亢進が見られたと伝えられ、総合病院へと通うことになった。

私はかかり始めに先生に発見してもらったようで、検査の1週間後から転がり落ちるように体調を崩した。布団から出られない日が何日もあった。今は少し落ち着いてはいるが、電車に乗っての移動はここしばらくできていない。昨日、友人が最寄駅まで来てくれて久しぶりに会った。つい先日の通院では心拍数が135を超えており薬が増えた。

大学ではフィールドワークをする予定だった。専攻を変えなければならないと思う。となるとゼミのために必要な授業を何一つ取れていないので、1年余計に大学に通うことになるだろう。なにもかも嫌だ、と投げ出したくなる。

難波江の芦のかりねのひとよゆゑさらばすべてのエヴァンゲリオン

さらばすべてのエヴァンゲリオン、という下の句が優秀だと聞いたので使ってみた。

難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき

ワンナイトがうまくできない。

人を知ると、好きになる。もっと知ると嫌いになる。私は誰でも好きで、誰でも嫌いだ。セックスが好きで、相手はいない。だから行きずりの相手を捕まえてセックスする。

一度会うとすこしだけ好きになる。セックスの副作用かもしれない。「気持ち良くなって」と抱き締めるときのあの気持ちは、セックスが終わったところで消えない。身体を交えているとき、愛しい、と思う。よく知らないけれど、なんとかっていう名前の物質が分泌されているとか、そういう話じゃないかな。

家に帰って、風呂場の鏡を眺めると、一人きりの私がそこにいる。知らない人とのセックスで私は減らないと、そう知れたことは僥倖だった。他人の中でどう消費されようとあなたは減らない。あなたに干渉できるのはあなただけなのだから。

ひとりの男の人と、2回目に会った。歩くときの友達みたいな距離感と、セックスの至近距離がちぐはぐだった。

「 出会いがTinderじゃなかったらどうなっていたんだろう」とかいう、残酷な質問をぶつけないで。もしかしたら私は好きになっていた。君とは違って。

愛着を抱くのがいやで、いつも相手の名前を呼べない。少し早口で「あなた」と言っている。

どっか行こうよ あァ秘密の関係か
夢で逢いましょう

かか悲しくないよ 一度きりの恋人
溢れた愛はノンシュガー 口に出すビター

ノンシュガー

ノンシュガー

  • マカロニえんぴつ
  • ロック
  • ¥255

はみだしもの

1年遅れの入学式へ行った。みんな、たくさんの集団に分かれて大きな声で喋っていた。わたしはそっと人混みをすり抜けて、1人できていた女の子をナンパし連れ立って会場に入った。彼女はサークルに所属しているらしかった。わたしは所属する場所をひとつも持っていなかった。

父親が心臓疾患を抱えているから、去年はサークルは言わずもがな、バイトすらも出かけていなかった(オンラインで家庭教師をしていた)。友人と会ったのも片手で足りるほど。とにかくウィルスを拾ってこないことを徹底していた。自分の部屋の白い壁ばかりに囲まれていた。友人は増えなかったし、むしろ気軽に会えない分連絡を取れる人は減った。

今年も、わたしは基本的に外食をしないつもりでいる。昼ごはんはおにぎりかなにかを買って屋外で済ませればいいし、一昨年もよく勉強の合間に図書館に設置された休憩室で黙食をしていたからそういう食事には慣れている。古い友人に誘われれば断らないが、店は最大限気をつかって選ぶ。サークルの会食なんて行けるはずもない。

今年、どうやって人付き合いをしていくのか、ひとつも想像ができない。大学でまで、はみだしものでいる、そんな気がしている。

コンプレックス

友人数人とzoom飲みをした。深夜まで盛り上がって、それから、ふと私がコンプレックスの話題をだした。

精神科で、ADHDの検査を受ける前の診察、医者に「得意だった科目は?」とたずねられて、「みんなはなんでもできていて、わたしひとり何もできなかった、得意な科目なんてなかった」と答えて泣いてしまった。今考えると、小論文なんかは得意だったんだけれど、小論文もまとめて「国語」とするといつだってテストの点数も成績も悪かったから。学校に毎日行くこともできなくて、「普通の人ができることをできない自分」が情けなくて嫌いだったという話。

今もたびたび襲われる虚無感と自己嫌悪、コンプレックスは、トラウマは、いつかなくなるのだろうか。

友人は時間だと言った。昔のコンプレックスが、今は少し遠い、たまに夢に見るけれども、昔ほど切実に迫ってくるわけじゃない。10年後にはきっともっと薄れていると思う。時間が解決してくれる。

ゆっくり、考え考え、言葉を切りながら話してくれた。「牧野のそれの場合は...どうなんだろう、今もまだよく接する問題なんだとしたら、また違うかも」

時間は確かにいちばんの良薬だと思う。昔辛かったことのいくつかは今はそれほど辛くない。今日辛いことを、明日は違うかも、と棚上げすることも覚えた。

いつか平気になる。きっと。