はみだしもの

1年遅れの入学式へ行った。みんな、たくさんの集団に分かれて大きな声で喋っていた。わたしはそっと人混みをすり抜けて、1人できていた女の子をナンパし連れ立って会場に入った。彼女はサークルに所属しているらしかった。わたしは所属する場所をひとつも持っていなかった。

父親が心臓疾患を抱えているから、去年はサークルは言わずもがな、バイトすらも出かけていなかった(オンラインで家庭教師をしていた)。友人と会ったのも片手で足りるほど。とにかくウィルスを拾ってこないことを徹底していた。自分の部屋の白い壁ばかりに囲まれていた。友人は増えなかったし、むしろ気軽に会えない分連絡を取れる人は減った。

今年も、わたしは基本的に外食をしないつもりでいる。昼ごはんはおにぎりかなにかを買って屋外で済ませればいいし、一昨年もよく勉強の合間に図書館に設置された休憩室で黙食をしていたからそういう食事には慣れている。古い友人に誘われれば断らないが、店は最大限気をつかって選ぶ。サークルの会食なんて行けるはずもない。

今年、どうやって人付き合いをしていくのか、ひとつも想像ができない。大学でまで、はみだしものでいる、そんな気がしている。

言語の壁 国の壁 韓国人と日本人:4年前の話

ちなみに韓国語はまだ話せるようにも書けるようにも読めるようにもなっていない。鋭意勉強しようと努力中。英語は幾分上達した。

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コンプレックス

友人数人とzoom飲みをした。深夜まで盛り上がって、それから、ふと私がコンプレックスの話題をだした。

精神科で、ADHDの検査を受ける前の診察、医者に「得意だった科目は?」とたずねられて、「みんなはなんでもできていて、わたしひとり何もできなかった、得意な科目なんてなかった」と答えて泣いてしまった。今考えると、小論文なんかは得意だったんだけれど、小論文もまとめて「国語」とするといつだってテストの点数も成績も悪かったから。学校に毎日行くこともできなくて、「普通の人ができることをできない自分」が情けなくて嫌いだったという話。

今もたびたび襲われる虚無感と自己嫌悪、コンプレックスは、トラウマは、いつかなくなるのだろうか。

友人は時間だと言った。昔のコンプレックスが、今は少し遠い、たまに夢に見るけれども、昔ほど切実に迫ってくるわけじゃない。10年後にはきっともっと薄れていると思う。時間が解決してくれる。

ゆっくり、考え考え、言葉を切りながら話してくれた。「牧野のそれの場合は...どうなんだろう、今もまだよく接する問題なんだとしたら、また違うかも」

時間は確かにいちばんの良薬だと思う。昔辛かったことのいくつかは今はそれほど辛くない。今日辛いことを、明日は違うかも、と棚上げすることも覚えた。

いつか平気になる。きっと。

ファーストタトゥー

いまだらっとクッションにもたれかかってこれを書いている。

今朝、ファーストタトゥーを入れた。生理痛や偏頭痛よりマシな痛みだったので、案外余裕だなと思ったのだけれど体は疲れたようでさっきからかなり眠い。

蛇のタトゥーを入れた。蛇には再生、復活の意味を込めた。

数ヶ月前まで、しばらく死のうかと考えていた。自分の何もかもが嫌で、毎日がなんだかしんどくて、元来体が弱いので日々体の不調があって、生きているのが嫌になっていた。

あれ、もう少し頑張れるんじゃない?なんとかやってみようかな、と思えたのが先月で、だから決意を込めてタトゥーを入れた。

お守りのようなものだ。

これから、立ち止まりたくなったときに、これを見て這ってでも進もうと思えるように祈る。

僕の悲しみ方、あの子の悲しみ方

幼い頃、たびたび些細な悪いことをした。そんなとき、母は決まって押し入れを指差して言った。「鬼が出るよ」
和室もあった幼い頃の家は、押し入れもクローゼットではない昔ながらの引き戸で、怒り心頭の母に入れられたこともあった。閉じ込められたわけではなかったけれど、わたしはじっと膝を抱えて母が呼びにくるまでけっして出ることはなかった。「押し入れには鬼がでる」これは幼いわたしの世界の常識だったので、息を潜めていなければ見つかってしまうと思った。

特定の宗教を信仰しているわけではない、けれど幼い頃に培われた「神様」は消えない。お墓に参ればひいおばあちゃんとひいおじいちゃんが喜んでくれるし、夜に口笛を吹くと蛇が出るし、悪いことをすると鬼が出る。刷り込まれた御伽噺は消えずにわたしの中に息づいている。

けれど、だからだろうか。お話の世界で生きてきた弊害か、それとも他の何かなのか、わたしは今でも人の死をうまく理解できずにいる。

受験生の冬、祖父が息を引き取った。階段からわたしを呼び、こわばった顔で「おじいちゃんが死んだ」と告げた母の顔は忘れられずにいる。最初に浮かんだのは、「母は大丈夫だろうか」ということで、次に浮かんだのは、「どんな言葉をかければいいのだろうか」ということで、最後に浮かんだのは、「学校を休まなければ」ということだった。悲しむというよりは、悲しむ権利が自分にないような、そんな気分だった。涙も流さない孫で申し訳なくて、部屋に戻って安らかに眠れますようにと手を合わせた。

クラスメイトが亡くなったとき、「喪服って何を着ればいいんだろう」と家族に尋ねると同時に涙が溢れた。でもこのときも、やっぱり申し訳なさが悲しみに勝った。「いい子だったのに」と日記に書いた。「わたしよりずっと生きることに、笑うことに、幸せでいることに熱心だったのに」。彼女が亡くなった病因の治療に関係する財団に寄付をした。それしかできなかったから。

多分「いなくなった」ことがわからないのだ。見えなくてもそこにあるものはたくさんある。連絡の途絶えた友達、幼い頃に会ったっきりの従兄弟、昔ホームステイに来たお姉さん。鬼だって、神様だって、見えないけれどそこにあると頭の片隅で信じている。だから信じられない。「いなくなったこと」が、よくわからない。たまにふと気づく。病院で寝ている女の子の姿をドラマで観た時に、唐突に嗚咽が漏れて、けれどその波もすぐに過ぎ去ってしまう。

きっとこれがわたしの悲しみ方なのだと、思わなければやっていられない。人を喪った時、涙を流し、崩れ落ち、喪失を嘆き......そんな悲しみ方ができる人が、少し羨ましい。わたしは今も、死者が押し入れから帰ってくるような、そんな幻想を抱えたままでいる。


今週のお題「鬼」


The Sound of Silence

The Sound of Silence