ファーストタトゥー

いまだらっとクッションにもたれかかってこれを書いている。

今朝、ファーストタトゥーを入れた。生理痛や偏頭痛よりマシな痛みだったので、案外余裕だなと思ったのだけれど体は疲れたようでさっきからかなり眠い。

蛇のタトゥーを入れた。蛇には再生、復活の意味を込めた。

数ヶ月前まで、しばらく死のうかと考えていた。自分の何もかもが嫌で、毎日がなんだかしんどくて、元来体が弱いので日々体の不調があって、生きているのが嫌になっていた。

あれ、もう少し頑張れるんじゃない?なんとかやってみようかな、と思えたのが先月で、だから決意を込めてタトゥーを入れた。

お守りのようなものだ。

これから、立ち止まりたくなったときに、これを見て這ってでも進もうと思えるように祈る。

僕の悲しみ方、あの子の悲しみ方

幼い頃、たびたび些細な悪いことをした。そんなとき、母は決まって押し入れを指差して言った。「鬼が出るよ」
和室もあった幼い頃の家は、押し入れもクローゼットではない昔ながらの引き戸で、怒り心頭の母に入れられたこともあった。閉じ込められたわけではなかったけれど、わたしはじっと膝を抱えて母が呼びにくるまでけっして出ることはなかった。「押し入れには鬼がでる」これは幼いわたしの世界の常識だったので、息を潜めていなければ見つかってしまうと思った。

特定の宗教を信仰しているわけではない、けれど幼い頃に培われた「神様」は消えない。お墓に参ればひいおばあちゃんとひいおじいちゃんが喜んでくれるし、夜に口笛を吹くと蛇が出るし、悪いことをすると鬼が出る。刷り込まれた御伽噺は消えずにわたしの中に息づいている。

けれど、だからだろうか。お話の世界で生きてきた弊害か、それとも他の何かなのか、わたしは今でも人の死をうまく理解できずにいる。

受験生の冬、祖父が息を引き取った。階段からわたしを呼び、こわばった顔で「おじいちゃんが死んだ」と告げた母の顔は忘れられずにいる。最初に浮かんだのは、「母は大丈夫だろうか」ということで、次に浮かんだのは、「どんな言葉をかければいいのだろうか」ということで、最後に浮かんだのは、「学校を休まなければ」ということだった。悲しむというよりは、悲しむ権利が自分にないような、そんな気分だった。涙も流さない孫で申し訳なくて、部屋に戻って安らかに眠れますようにと手を合わせた。

クラスメイトが亡くなったとき、「喪服って何を着ればいいんだろう」と家族に尋ねると同時に涙が溢れた。でもこのときも、やっぱり申し訳なさが悲しみに勝った。「いい子だったのに」と日記に書いた。「わたしよりずっと生きることに、笑うことに、幸せでいることに熱心だったのに」。彼女が亡くなった病因の治療に関係する財団に寄付をした。それしかできなかったから。

多分「いなくなった」ことがわからないのだ。見えなくてもそこにあるものはたくさんある。連絡の途絶えた友達、幼い頃に会ったっきりの従兄弟、昔ホームステイに来たお姉さん。鬼だって、神様だって、見えないけれどそこにあると頭の片隅で信じている。だから信じられない。「いなくなったこと」が、よくわからない。たまにふと気づく。病院で寝ている女の子の姿をドラマで観た時に、唐突に嗚咽が漏れて、けれどその波もすぐに過ぎ去ってしまう。

きっとこれがわたしの悲しみ方なのだと、思わなければやっていられない。人を喪った時、涙を流し、崩れ落ち、喪失を嘆き......そんな悲しみ方ができる人が、少し羨ましい。わたしは今も、死者が押し入れから帰ってくるような、そんな幻想を抱えたままでいる。


今週のお題「鬼」


The Sound of Silence

The Sound of Silence

アイドル、偶像

ここ最近、自分の中で、アイドルを整理し再定義する作業をしていた。思春期からこちらKPOPを追っている。

アイドルはしばしばSNSで非難の的となる。私の覚えているところの最近では、コロナ禍でクラブに行っただとか、友人とのLINEが流出しただとか。恋人が匂わせをした、メンバーの陰口を言っている裏垢が見つかった。
目にするたびに、1度深呼吸をしてから自分に問う。わたしが責めるべきこと?

思春期のファンは、仕方がないとは思う。思春期、好きなアイドルに理想の異性・同性としての姿を見つけ出すのはままあることで、人格の形成途中に、見つけた理想像に気持ちが過熱してしまうのはままあることだ。

けれど、わたしはもう大人の枠に入るのでそうは言っていられない。

そうして考えてみれば、いつからか、わたしにとってのアイドルは徐々に変容していた。それは経た年のおかげかもしれないし、好きなアイドルが少年期を通り過ぎたからなのかもしれない。今、アイドルとはわたしにとってアーティストの1種類であり、歌声とダンス、表情などすべてを用いてパフォーマンスを行う表現者だ。なんらかの醜聞が出たら、寂しくは思うだろうけれど、それだけ。その人の行いに耐えきれなかったらファンでいることをやめるだろう。それだけだ。

理想を投影して、それが為されなかったことに傷つくのは、ファンのエゴなんだろう。

そしてひとつの面で責められるべき行いをしたからと言って、その人の美徳がすべて帳消しにされるわけじゃない。
わたしはフェミニストだけれど、男尊女卑的な発言をするところを除いて母を愛しているし、たまに陰謀論に傾こうとするところを除いて父を愛している。目の前で吸うことのないタバコに執拗に文句を言ってくるところを除いて、兄を愛している。

人は完璧である必要なんてない。アイドルも然りだ。原爆Tシャツを着ていたことに悲しく思っても、好きなままでいい。ひとつの醜聞があっても、反省を信じていい。ひとつの裏が見えたとしても、好きだったアイドルのすべてが嘘になったわけではない。

勝手に信じて裏切られた失望を、アイドルに手渡したい気持ちは、ひどくよくわかる。けれど、その手はそっとおろしたほうがいい。誰もわたしの理想にはなれない。誰もあなたの理想にはなれない。相手は人間だから。



昔のSeventeenの動画を観る。今よりも華奢で、変わらず溌剌とした少年たち。あのときはあんなにもかっこいい年上に見えたのに、今観るとその肩はいやに頼りなくて、わたしはいったい彼らになにを求めたのだろうと、彼らからなにを奪ったのだろうと、そう考えた。

今週のお題「大人になったなと感じるとき」

Pretty U

Pretty U

SHINee、そして花の根を抜いた人

昔からのファンの人には、きっとこの話は快くないものであり、辛い話を含むことを、まず記しておく。


最近、本当につい最近、SHINeeというアイドルを好きになった。わたしはもう5年ほど K-POPが好きで、そのうち4年間はseventeenをはじめとする若手のアイドルに夢中だった。友人がファンだったこともあり、唆されるままにMVを観た。アイドルは光のようだった。わたしはそのとき、どうしようもない冬の中でもがいていて、誰にも叫べず、狭いクローゼットに閉じこもって泣いていた。わたしはそれを「発作」と呼んだ。アイドルにはまってから、クローゼットの中でMVを眺めるようになった。seventeen ウジのソロ曲「SIMPLE」、防弾少年団BTS) SUGAの曲、誰かが訳してくれた歌詞を眺めて泣いた。縋るものがある暗闇は以前よりずっとマシだった。マシだったけれど、暗闇から出ることは叶わなかった。

2017年、高校2年生の頃、自暴自棄な気持ちに取り憑かれながらも、這うように日々をやり過ごしていた。そんなとき、ある訃報を聞いた。ファンとは言えないまでも、たまにCDを買ったりするアイドルと、同じ事務所のひとだった。私はその人についてよく知らなかった。ただ、その人の遺書と呼ばれる文章を抱きしめるように読んで、淡々とノートに書き写した。そのときわたしは、終わってしまいたかった。明日が怖くてたまらず、刻一刻と過ぎていく時間に怯えながら日々を過ごしていた。全てに疲れていた。もちろん友人との時間は楽しかったし、甘いものは好きだった。けれど、数時間の幸せがあるほど、そのあとの夜は重くなった。左手の親指の付け根を強く噛んでは、わたしは不安を誤魔化していた。「なぜ死ぬのかと言われたら、疲れたからと言いたい」その言葉を書き写してまた泣いた。

人の痛みを分かち合うことも、その理由を理解することも、決して出来はせず、他者からの勝手な推論は死者への冒涜でしかない。彼とわたしの気持ちは同じものではない。けれど、彼の文章を読んで、まるでわたしを語っているかのようだと感じた、その気持ちは決して否定はされ得ない。わたしも終わりたかった。お疲れ様と見送られたい気持ちに、勝手に痛いほど共感した。

どうしてそんなに自分が辛いのかわからなかった。わたしは恵まれていて、悩みのひとつひとつは大したものではない。「ほんとうは辛くないんじゃない?」と最初に言ったのが誰かだったかわたしだったか、今ではもう忘れてしまった。「ご飯は食べています」と答えるたびに、医者の目が「辛くないでしょう?」と語っているように見える。「今年志望校に合格しました」「家族で深い話はできませんがくだらないおしゃべりはけっこうします」「友達は多くはありませんが、好いてくれる人もいるようです」「心臓病を患った父は良医にかかり術後は安定しています」。大変結構、恵まれた環境。ただ学力で勝ち抜いていく場所に疲弊しているだけ。少しわたしが弱くて、ストレス耐性が低いという性格だというだけ。

明日を望まないままに惰性で生きている。持ち直しては落ち込む。医者には鬱でないと言われたから、鬱ではない。ただわたしの気質のせいだ。贅沢なんだろう。今年も最悪だった。少し浮上しては落ちての繰り返し。縋るようにアイドルを観た。昔の日記を開いて、彼、ジョンヒョンの遺書を見つけた。再び泣いた。3年前からわたしはちっとも進んでいなかった。

年末、SuperMというこれまたKpopアイドルを追いかけ始めて、もう1人SHINeeのメンバーに出会った。それから、色々と眺めているうちに、SHINeeをいっぺんに好きになってしまって、ライブDVDを集め始めた。圧巻のパフォーマンスにたちまち魅了された。彼らのステージはロックバンドに通ずるエネルギーがあった。ライブDVDを観ながら、テミンのソロ曲のCDを流しながら、今ゆっくりと、ジョンヒョンの足跡を追っている。音に耳を傾け、歌詞の和訳を読み、また聴いて。

ジョンヒョンの残した音楽という足跡が、今わたしの夜を慰めている。いつまで続けられるかわからない夜を。けれど彼の、彼らの音が途絶えるまで、聴いていたいとぼんやりと思う、これが夜に差し込む淡い一筋の光である。

Just Chill

Just Chill

ビアンよりのバイ?

恋愛をテーマに雑談をしていて、ふと友人に言われたのがタイトルの言葉だった。

「あ〜じゃあ、牧野はビアンよりのバイなんだ?」

そのときは「どうだろうね〜」とクラフトビールを煽って流したけれど、今考えてみると、「ビアンよりのバイ」ってなんなんだろう。よく使われる言い回しだし、言わんとするところはわかる。けれど、違和感は拭えない。

散々自分の性的指向に悩んで、今はバイセクシャルとしている。喧伝することもないけれど、アイデンティティの一つではある。男の子も好きになるし、女の子も好きになる。だから、バイセクシャル

多分友人は、「男の子よりも女の子を好きになりがち」みたいなことを言いたかったんだろうと思う。けれど、それはビアンでもゲイでもなくバイだ。私はビアンでもないし、ゲイでもない。「女の子を好きになる人よりの両性を好きになる人」、ってなんだかなぁ、と思う。うーん。

最近

最近は、なんだか色々と大変だった。

雛市

雛市

  • 女王蜂
  • ロック
  • ¥255


凝り固まった価値観が毎日に弊害をもたらすのはいつものことで、中高で叩き込まれた「賢くあらねば」「強くあらねば」みたいなプライドと、ほんものの疲れ切った私との間の摩擦でいっそう疲れてしまった。強くあらねば、とはずっと思っているし、実際心を挽いて潰して粉にして実現してきた。けれど、少しガタがきた。

カウンセリングに通っている。ADHDではないか、という話になって、並行して精神科にも赴いた。しばらく先に検査の予定がはいった。
ADHDだったとしても私は何も変わらないし、自己の認識にも影響しないけれど、いろんな弊害が改善されるのならいいと思う。まあ診断がおりるかはわからないのだけれど。あと薬が高そうで厳しい。

久しぶりの友人にも会った。目的のない休日は楽しくて虚しかった。


一人、部屋で考え事をしていると、自己の歪みみたいなものがよく見えて、面白い半分どうしようもない虚脱感がある。生きづらそうね、と他人ごとのように思う。

強く 強く 生きていかなきゃ
世の中が優しい日は ひとつもなかった
『雛市』