言語の壁 国の壁 韓国人と日本人:4年前の話

ちなみに韓国語はまだ話せるようにも書けるようにも読めるようにもなっていない。鋭意勉強しようと努力中。英語は幾分上達した。

KPOPを好きになって最初の悩みは言語と国の壁だった。

好きになりたての頃は気にならなかった。そんなことを悩むまでもなく、"異国の"どこか雰囲気の違う音楽とコンセプト、群舞に惹かれたのが最初の一歩だったから、同じ国ではないことも魅力の一端を担っていた。けれどのめり込むにつれてじわじわ押し寄せてくる不安。
「結局は本国」「日本は市場目当て」こんな言葉を誰もが一度はtwitterやらなんやらで目にするはず。

アイドルにとってファンってなんなんだ?
韓国のファンが大事?
商売のためにって、あれ、アイドルってそもそも商売なんじゃ?

ぐるぐる考えていたらtwitterを開くのも億劫になり、youtubeもなんとなく気が重く、また好きになりかけたものから離れるのかとうっすらとした諦念を抱きつつも、未練がましく今年の夏までずるずるとアイドルを追い続け、気になるアイドルのリリイベには駆けつけ、新曲が出れば買い、バラエティに出れば観て。どんなに悩もうと離れるなんて無理だった。だってあんなにもアイドルとアーティストを両立しようとする綺麗な顔の男女に無関心になれない。

私は生まれたときから可愛いんだってギョルギョンも言ってた。

でも日韓問題はあるし、定期的に慰安婦Tシャツやらキャップやらが物議を醸すし、だんだん悩みの先はアイドルから日韓問題へと向いた。政治と個人ってどう関わればいいんだろう。相手の国の外交姿勢を非難するとき、その国の人まで嫌いになるのか?どう思ってるんだろう。私は、みんなは、アイドルは、どう考えているんだろう。
考えてるうちにわけが分からなくなってきて、他国籍の人から見た日本人ってどうなんだろう、と考えたりもした。

それを吹っ切れたのは、些細なtwitterでのやり取りがきっかけだった。

今年の夏。SEVENTEEN初のワールドツアー中国公演で、ジュンとthe8が中国語でMY Iを披露したと聞いて驚いたし嬉しかった。中国人の彼らがそれほどまでにSEVENTEENでの居場所を確立し、また彼らがSEVENTEEN"として"輝いている事実。
その感動のままtwitterで「国籍が同じわけでも、あなたたちを近くで応援できるわけでもないけど、あなたたちが輝いている事実だけで幸せ〜」みたいな、今思うと恥ずかしいような一言を呟いた。流れて埋もれていってもいつか見たときに気持ちを思い出せるかな、ぐらいの軽い気持ちで。

だからまさか、繋がっていた韓国人のお姉さんが返信をくれるとは思ってもいなかった。漢字を勉強してると言っていたから国籍、の一言がたまたま目に止まったのかもしれない。それとも翻訳機にかけてわざわざツイートを読んだのかもしれない。

彼女は、私に向けて翻訳機を使ったのだろう日本語で、「国なんて関係なく、CARAT(SEVENTEENのファンの呼称)ならばみな同様にメンバーは愛するよ」と返信をくれた。
嬉しかったのはその内容よりも、それを伝えるための手間を掛けてくれたことだった。私の心を軽くしようとしてくれた優しさが嬉しかった。
ああそっか、国や人種で括ろうとするけれど、結局はそれを形成するのは個人なんだ、韓国人と日本人であると同時に一人と一人の人間なんだと、ようやくそれが腹に落ちた。

彼女に会えたことは幸運だった。彼女の存在が偏見に囚われていた私の視野を広げてくれなかったら、変われないままだったかもしれない。
それぞれの国にそれぞれの価値観や常識があって、歴史があって。日韓問題は根深く、なかなか解決できないのかもしれない。けれど、人としての接し方は人種もなにも関係がない。それは言葉で言うのは簡単だけれども、実行しようとすると難しい。

だからとりあえず私は語学を頑張ろうと思った。相手の国の言葉でコミュニケーションを取ることは相手への誠意の一種だと思うし、なにより壁を低くしたいから。